「今度、キャッチボールするか?」「次の休みはおまえの好きな所に連れってってやるぞ」
と、煙を吐き出しながら朗らかに笑う父を避けた。
優しくて頼もしい父を無視する自分が嫌だったが、母ではない見知らぬ女が家に入りこんできたような感覚に耐えきれなかった。

6年生の新学期が始まった。
教室に入るとペンキと木の混ざったニオイが鼻を刺激した。ワックスでツルピカに光った床の上を、見慣れた男子2人が滑って遊んでいる。
新学期といっても、クラスの生徒や担任は5年生の時と同じだ。新鮮なのは教科書ぐらいで、去年と変わらない日常がスタートした。

ある平日、家で朝食を食べ終えて洗面所に歯を磨きに行った。いつものように鼻がスースーする。整髪料のアルコール、シェービングクリームのハッカ、剃りたての髭の苦い匂いが混じっていた。
さっきまで父が使用していた空間だ。