その日、目が覚めると雨がしとしと降っていた。朝のニュースで天気予報を見ると、昨夜から雨雲が日本上空で停滞して今日いっぱい雨らしい。
じめじめして不快な天候なのに、母は機嫌良く鼻歌を歌っていた。波がかった髪はべっちょりしていて、普通人でさえ鼻につくほどの香水薬品臭を放っていた。
僕は黄身が潰れた目玉焼きを飲み込むと、ランドセルを背負っていつもより早めに家を出た。

公園にある公衆電話ボックスに入り、ズボンのポケットから白いしおりを出した。バニラの匂いはほとんどしなくなっていた。
芹沢の携帯に電話をかけて、公園に来てと言った。

芹沢に電話したのは、今日が初めてだった。
僕が芹沢の家から逃げるように去った翌日、学校で彼女に「突然お腹が痛くなったから帰った」と謝った。
以来、気まずさも特別仲良くもない関係が続いていた。
今日に至るまで、一日に何度も会話したが、男の正体についてはあえて言わないようにしていた――。

「どうしたの? 急に呼び出して」

公園に到着した芹沢が、口を開いた。私服姿で、真っ白い傘をさしている。
傘の先は尖がっていて、銀色の光輝を放っていた。